2004年度4月交流会

「二見浦旅館街と伊勢河崎のまちづくり」
視察交流会

【日時】 2005年4月21日(木) 7:50〜18:20
 【場所】三重県二見町、三重県伊勢市

 【参加者】  21名

■行 程   
7:50   名古屋駅銀の時計(旧メディアワン) 集合
8:00   出発
       移動(バス)
10:00  二見町二見浦旅館街着
       ◇二見町担当者に話を聞く
        (場所:賓日館、担当:二見町企画課 須崎氏)
       ◇現地見学(賓日館、街なみ)
12:10    移動(バス)   
12:20  昼食(「麦酒蔵」)
      二軒茶屋川の駅見学
13:10    移動(バス)   
13:30  伊勢市河崎着
       ◇ボランティアガイドの案内による現地見学
        (街なみ、伊勢河崎商人館、川の駅)
15:10  伊勢河崎商人館
       ◇伊勢河崎での取り組みの話を聞く
        (担当:NPO法人伊勢河崎まちづくり衆 事務局長 西城氏)
16:20  出発
       移動(バス)
18:20  名古屋駅着 解散

1.二見町 二見浦旅館街

<地区の概要>

 二見浦旅館街は、全国的にも有名な夫婦岩につづく参道沿いに形成された旅館街。今ではめずらしい木造三階建の旅館をはじめ、古い妻入り木造建築が多く立ち並び、歴史を感じさせてくれる。夫婦岩、伊勢神宮の参拝客や修学旅行の学生などが多く訪れ、昭和40年代には最大で年間400万人超の観光客がきたこともあったが、それ以降は減少一辺倒、近年では160万人まで落ち込んでいた。

■ 街なみ整備について(説明より)
 こういう状況下、旅館街から"昭和初期"の景観を取り戻そうという声があり、町はこれを受けて、平成9年に地元住民参加のもとHOPE計画の策定に取り掛った。旅館街をモデル地区に位置づけて、各種プラン(道路修景、モデル住宅修景、空店舗活用)を策定。平成13年度には、「二見町の景観・文化を守り、育て、創る条例」も制定、旅館街を含む地区を景観形成地区に指定した。
 その後、平成14年度から街なみ環境整備事業によって具体の整備に着手。実施設計は住民参加ワークショップで実施したが、苦労もあったようだ。ワークショップを基にしたもののコンサルが作成した図面に地元からさらに注文が入って設計をし直したり、道路も歩道を確保できるほど幅員がなく、電線地中化できずに、片側に寄せたりしている。整備は、平成23年度まで続くが、18年度には大方終わる予定だという。また、個人住宅に対しても条例に基づいて景観形成基準が作成され、これに従う建物改修に対して1件当たり100万円の助成を行っている。これまでに7件が改修、今も7件が申請中と当初の予想以上に制度の効果が上がっており、改修後真新しい切妻、入母屋のお店も見ることができた。地元の理解も徐々に深まっているようだ。

二見町企画課 須崎氏

■ 賓日館の保全・活用について(説明より)
 賓日館は旅館街の一棟であり、伊勢神宮に参拝する賓客向けに明治時代につくられた重厚なつくりの旅館である。過去には大正天皇、秋篠宮殿下も滞在したことがある。現在は、県指定有形文化財として公開され、観光の拠点、まちづくりの拠点となっている。
 賓日館は平成11年に旅館としての役割を終え、町に寄贈された。そのあと、保存を訴えていた「賓日館を守る会」というNPOに町は管理を委託。現在はNPO法人二見浦・賓日館の会となり、管理運営を担っている。管理はその人件費分(600万円/年)だけを町が負担し、それ以外はNPOが入館料やイベントなどでまかなっている。しかし、それだけでは採算性が取れないため、NPOでは、平成15年度、伊勢・二見地域がモデル地区指定された観光交流空間モデル事業の補助金を獲得し、これを支えにジャズやワークショップ、落語会、お花・お茶教室などこれまでにない思い切ったイベントを賓日館で実施した。イベントは大成功し、すべて黒字という結果に、平成16年度も補助金はないものの、前年度の勢いそのままに継続しているという。

■ 地元住民の取組みについて(説明より)
 街なみ整備により修景され、美観は増したが、これがすぐに観光に直結するわけではない。訪れたときもシャッターを下ろした店舗(土産物屋は夜だけ営業するらしい)が目立っていた。しかし、住民は元気になりつつあるという。この前の2月、旅館街を含む参道で「おひなさまめぐりin二見」が1ヶ月間開催された。普段ならほとんど観光客のいない2月に、ひと月で32,500人もの人が訪れた。発端は、地域の4人の女性。古い町ゆえに眠っている昔ながらの "雛人形"を各旅館のロビーや店舗のショーウィンドウに展示しようと呼びかけ、80軒近くが協力して実現したものだ。このイベントがきっかけとなって、かつての賑わいを思い出したおばあちゃん達にも動きが見られるようになり、30歳代の元気のある若手にもまちを見直そうという機運が高まっているということだ。
 次の七夕には、「おひなさまめぐり」に続く第2弾として竹を利用したイベントが企画されているらしい。乞うご期待だ!昭和初期の街なみを目指してきた旅館街だが、住民の意識はその昭和初期にとらわれることなく、文化、生活、交流があるまちにしていこうという風に広がってきている。

■ 現地見学の様子

賓日館。厳かな雰囲気が伝わってくる。


賓日館内翁の間にてお話を伺った。


整備された旅館街。右側が旅館、左側が土産物屋。


旅館の裏側はすぐ海に面している。
昔は堤防がなかったそうだ。



景観形成基準に従って改築したお店。


空家を活用したギャラリー。『夢ギャラリー』


2.伊勢河崎

<地区の概要>

 伊勢河崎地区は、江戸時代から「伊勢の台所」として伊勢神宮の参拝客の生活をまかなう問屋街として栄え、昭和30年頃まで地区中央を流れる勢田川を利用した舟運の拠点であった。しかし、昭和49年の水害を機に勢田川の河川改修、沿川の立ち退き話が持ち上がった。それに反対する形で、昔ながらの街なみを保全しようと住民が立ち上がったのがこの河崎のまちづくりの発端だ。
 結局、改修は実施され、川沿いの景観は大きく変わってしまったが、現在も残る街なみを資源に景観まちづくりを展開中。その中心となっているのが、「NPO法人伊勢河崎まちづくり衆」。現在は、地区内の代表的な商家である小川邸を修復した「伊勢河崎商人館」の管理運営、そこを拠点に町家や蔵を活用したまちづくりを進めている。

■ 現地見学(街なみ、伊勢河崎商人館)
 伊勢河崎では到着後最初に3つのグループに別れ、それぞれボランティアガイドさん解説してもらいながら、街なみと商人館を見学。商人館前に、全長7〜800mくらいのかつての問屋街のメイン通りが続いており、妻入りの伝統的な町家、土蔵が立ち並んでいる。通りは今も問屋、もしくは商店としてお店を営んでいる町家が多くあり、ごく普通の生活のにおいが感じられた。古いことを除けば、どこにでもあるまちの日常となんら変わらない。
 建物にも特徴的なものが多かった。屋根の隅にある隅蓋瓦、これは家ごとに亀やカエルなど異なるものが乗せられている。屋根の形状も、反り屋根、ムクリ屋根のものなど様々、家々に個性がある。玄関には1年中飾られているというしめ縄。入り口から奥まで60m近くある長い昔ながらの家も残っている。また、途中には、蔵を活用した居酒屋や、昔ながらの町家に入っているヘアサロン、ショップなどもあり、古いものと新しいものの融合が新鮮さを生み出している。それから、空町家を利用し、1泊数千円で貸し、実際に暮らし体験をできる家もあった。
 メインの通りから1本外、川側にでると、河川改修できれいに整備された堤防、その一角には船着場と、蔵を改造した川の駅がつくられていた。下流にも海の駅があり、週末にはこれまた歴史を感じさせる伝統的な木造船が定期就航している。
 最後に商人館を見学。母屋は昔のままの閑静な姿を残し、蔵は資料館として改造、小川邸に残る様々なものやまちの歴史・文化を展示、イベント開催用の蔵もある。また、商人館の通り向かいの3つの蔵は、商人蔵といってテナントショップとして活用され、柱と柱の間を1区画として貸し出し、雑貨や食品などいろんな店が軒を連ねている。


街なみ。古い町屋が続く。


ムクリ屋根のお宅。屋根左端にあるのが隅蓋瓦。


蔵を利用したお店。明治中期の建築物。


河崎川の駅。


河川改修で整備された堤防。まだ真新しい。
中央の凹んだ部分が川の駅。


改修前の川の位置。
舟運で利用しやすいように蔵が川と接していた。



■ 伊勢河崎まちづくり衆の取り組みについて(説明より)
 河崎は、あくまでも生活の場。地元の人がまず満足できる場、その上で外から来た人に満足してもらう。この考えをもとに住む人が元気になる取り組みが行われている。
 かつては問屋街、商業のまちらしく市を開き、古い街なみを背景ににぎわいをつくり出している。「伊勢のだいどこ市」、これは月1回第4日曜、商人館前の広場で生鮮野菜を中心とした市。「河崎商人市」、これは年1回、3つのカテゴリーに分けて店を出す市。(1)既存の商店・問屋はその日だけの特別な(プレミアつきの)ものを売る。(2)今商売をしていない家は展示やフリーマーケットをする。(3)空地では、地区外の人にフリマを出してもらう。こういった市は大盛況で、普段は静かなまちが人でいっぱいになるほどだそうだ。それが、かつての賑わいを知る年輩者の思い出をよみがえらせ、大好評だという。商人館内のイベント用の蔵・角吾(かどご)座では、年2回「蔵くら寄席」という落語が開かれている。10年以上続き、地元の人に元気の素"笑い"を提供している。

伊勢河崎まちづくり衆
事務局長 西城氏
 注目されている河崎だが、将来まちをどうするのかについては、地区代表で作られている「八人衆」で考え始めたところだという。地元対象のアンケート調査も実施した。商家も減り、サラリーマン世帯が増えて様変わりしたまち、まだまだまちづくりに対する意識は全体としては高くない。反対運動の当初から中核を担ってきた西山氏は万事これから、まだまだスタート地点、歴史を掘り起こし、愛着を持ってもらうことで、地域の意識をつなげていきたいと語っていた。

■ 伊勢河崎商人館の運営について(説明より)
 商人館の管理運営は、まちづくり衆が市から委託され、行っている。先の二見・賓日館と比べて、どちらも公設民営という点では同じだが、こちらは委託費がゼロ。ということで、管理運営費は、商人館の入館料、部屋貸し料、商人蔵のテナント料でまかなっているわけだが、非常にきついそうだ。平成14年度から運営しはじめているが、人件費はほとんど出ないのが現状。16年度はさらに厳しくNPO法人の収入からの補填が必要かもしれないというお話だった。施設単独での経営はやはり難しいようだ。


伊勢河崎商人館(正面)。

商人館向かいの商人蔵。壱、弐、参と3つの蔵がある。

3.視察の感想

 共通事項

  • 歴史的まちなみの魅力を再認識するとともに、守っていくことの難しさを感じた。
  • まちづくりの見方が変わった。ものができたからといってまちづくりが進んだとはいえないと思った。
 二見浦旅館街
  • 4人の女性の呼びかけが大きく広がったのがすばらしい。住民がまちを楽しんでいるのは二見町の財産だ。
  • 建物改修が進んでいて皆の意識が高い。
  • 国のお金をうまく使っている。
  • 賓日館の建物は立派。

 伊勢河崎

  • 以前から関心をもっていたまちづくりを見ることができてよかった。
  • ボランティアガイドのみなさんが精力的だったのが印象的だった。
  • 空家活用がすすんでいる。


(記録:櫻井 高志/(株)都市研究所スペーシア )

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