住まい方の実践 ある建築家の仕事と暮らし
著者:渡辺武信
出版:中公新書 1997.2.25
 言語学の教えによれば「住む」という言葉は水が「澄む」と同語源であり、澄んだ水のような場で心安らかに「居る」のが住宅の本質である。住宅で一番大切なのは「ただ居る」ことができるかどうかである。このように著者は述べている。
 はたして現実に自分の住まいが「ただ居る」場所として適しているだろうか。また、私たちは「ただ居る」ことを楽しむ余裕があるだろうか。そもそも「居る」ということを理解し、そのことに価値を見出しているかどうかさえも疑問である。
 著者が述べているように、多くの人は住宅を意識的にせよ、無意識にせよ「労働力の再生産の場」ととらえている。つまり父親にとって住まいは休む場所で、また元気になって働きにでていく場所であり、子供のためには、いい学校に入るための勉強しやすい場であるというように。教育も含めて社会的に通用する価値で、最終的に財貨につながるものを生産する場としたとらえ方である。こうした見方において住宅はただ便利なだけでしかない。
 これに対して著者は住宅を「時間の消費」、「時を経たせる」場ととらえ、「とくにこれといったことはしていない」で「ただ居る」場とみている。住まいは生活の便宜のためでなく、ありふれた行為=人生を包み込む容器であると述べている。
したがって、「ただ居る」ことができる、居心地、住み心地のよい住まいを実現できるのは、ハードとしての住宅でなく、住まい手側の住意識であり、日常生活を成り立たせているありふれた行為に対する愛着が住み心地のいい家をつくるのである。
自分の日常を省みていろいろと考えさせられると同時に、自分なりの住まいをつくってみたくなる作品である。また、親しみやすい文体とともに、写真やイラスト、図面が多く盛り込まれており、我々まちづくりの専門家としての目からも興味深く読むことがきる。 
伊原康敏(株式会社オオバ)/1999.11



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