すべての道はローマに通ず
著者:塩野七生(しおの ななみ)
発行:新潮文庫
  ローマ人は、インフラとは「人間が人間らしい生活をおくるために必要な事業」と考えていた。インフラは、単に道路・橋・水道などのハードだけではなく、ソフトな社会システムまでも包含する概念と捉えていた。

  「すべての道はローマに通ず」(新潮文庫)は、著者・塩野七生氏のライフワーク「ローマ人の物語」の]巻目の著作である。文庫本では、上・下2冊に分冊され、「ローマ人の物語27・28すべての道はローマに通ず上・下」となっている。以前にも記したが、筆者は持ち運びに便利な(いや費用の関係で)文庫本愛好癖があり、「ローマ人の物語」も文庫版の刊行を待って読み続けてきた。文庫版ではこの「すべての道はローマに通ず」が最新刊である。
さて・・・・・。
 ローマ帝国の版図はヨーロッパ・中近東・北アフリカに及ぶ広大なものであった。しかし、この大帝国は、すべての民族・言語・宗教を許容することにより統治されていた。つまり多様性を認めインフラによる統合と調和を果たし「パックス・ロマーナ(ローマによる平和)」を実現させたのである。ローマ人は「敗者の信仰する神々にも市民権を与えた」といわれるほど鷹揚であった。ローマ帝国は敗者の子孫が皇帝になることまでも認める社会であったのだ。異論は覚悟の上だが、筆者は、ローマ帝国の衰退と崩壊はキリスト教を国教とした380年に始まったと考えている。一つ価値観(宗教)を絶対として他を排斥するとき調和は崩壊し、多様な文化は衰退する。それは暗い中世の始まりであった。
 そして、2千年を経て現在に至るまで、いまだ「パックス(平和)」は回復されていない。
今日、第二次世界大戦後、半世紀にわたり「民族の自立」を公是とした世界秩序構築の努力が続けられてきた。それは19世紀以降の植民地支配型の帝国主義への反動であった。しかし、盲目的に「民族の自立」を叫ぶだけでは、民族紛争、宗教対立は止揚できない。「パックス」はいまだ遠い。また、パレスチナ、イラクを見れば、軍事大国アメリカによる「パック・アメリカーナ」も夢物語であることは自明である。
 今日的な、そして人類の明日につながる「人間が人間らしい生活をおくるために必要な事業」が求められているのだ。その時、異民族の神々にも市民権を与え、被征服民族にも皇帝への道を開いた2千年前のローマ人の「鷹揚さ」が便(よすが)になるかもしれない。

 著者・塩野七生氏が自ら記しているように、この「ローマ人の物語」第]巻は、それまでのハンニバル戦記(第U巻)やカエサルが活躍する第W巻・第X巻のように「血沸き肉踊る」楽しさはない。筆者は冒頭の「インフラとは・・・」に惹かれ読んでしまった。確かに「退屈」であった。しかし、計画屋である諸兄には、一読をお勧めする。
 本書を読了し「退屈」を感じられた諸兄には、改めて「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」の3部作をお勧めしたい。トルコ(イスラム)による東ローマ帝国の制覇からその敗北までを描いたこの3部作は、まさに「血沸き肉踊る」戦記である。塩野七生とは、超一流の戦記作家でもあったことを再認されるであろう。



 
石井 桂治((株)アール・アイ・エー 名古屋支社)/2007.6



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