里山の伝道師
伊井野雄二著
コモンズ/1999.11.5発行

 本書は、表紙の「里山をエコリゾート地に育て、子どもたちがそこで成長することを実践してみせた心踊る記録、それが本書である(守山弘氏)」の言葉で説明されているように、「まちづくり」の感動を、実体験を基に綴ったノンフィクションです。著者の伊井野氏は、ゴルフ場開発等大規模な里山開発の対案(オルタナティブ)として、地元住民が作り上げたペンション「エコリゾート赤目の森」の支配人であり、最近では、NPO「赤目の里山を育てる会」の理事事務局長も歴任されているなど、里山を観光資源にして、地元の人達とともに「里山の伝道師」としての活動を実践しています。
 本書では、「里山」のことを、「人が育て、人を育てた、日本の原風景」と表現しています。「人が育て」とは、従来の人びとは、身近な自然である里山を、人間の知恵と技術で利用することで、里山を維持してきたことからきています。著書内に、萌芽更新(生長期にある落葉樹が、根の近くで切り取られても、10cmぐらい幹が残っていればそこから芽を出し、十数年経過すると、元の大きさに生長すること)という言葉がありますが、これを繰り返し行うことで、里山の自然は、初めて守られてきたと述べられています。
 一方、「人を育てた」とは、里山は、自然を子供に教えると同時に、大人にもその必要性や大切なものを気づかせてくれる場所でもあるということです。「エコリゾート赤目の森」を訪れた家族づれのある若いお父さんが、「私は、もういいのです。木や虫の名前を知らなくても。鳥が近くに来て、何の鳥か教えられない自分でも、かまわない。ただ、子どもには自分と同じようになってほしくない。それでエコリゾートに訪れたのです。」と表現しているのが、そのことを象徴しています。
 本書は、里山には弱さ・大切さがあるからこそ、人は里山を育て、里山に育てられていくものであり、地域の事情は異なるにしても、その理念は我々の身近なまちでも同じことではないかと共感させてくれます。まちづくりの楽しさ、嬉しさ、辛さ、難しさなど心理面から迫ったドキュメンタリーな一冊です。
佐藤克彦((社)東三河地域研究センター)/2001.2

 

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