大人の見識
阿川弘之(あがわ ひろゆき) 著
発行:新潮新書
  11月中旬、晩秋の青森・弘前・十和田・奥入瀬への一泊ニ日の社員研修旅行へ行ってきた。行きも帰りもセントレアからのジェット機の旅であった。
 飛行機に乗る度に思い出すことがある。今から30数年前、私が初めて飛行機に乗った時のことである。建築学会の住宅の地方性に関する研究の一環で、奄美大島の住宅調査に参加するために大阪・伊丹空港から奄美・名瀬まで飛行機に乗ったのが、私の飛行機初体験であった。飛行機はYS-11。私の席は丁度翼の上であった。
 空港を飛び立ったYS-11はウンウン唸りながら懸命に上昇する。私の席の窓から見える翼は、バタバタと揺れている。翼をバタつかせ機体をキシませヨタヨタと上昇を続ける。上昇すること約2時間半、機内アナウンスが入り着陸するという。今度は降下する。上昇と下降。水平飛行がないままに奄美に到着したのである。
 帰りは、フェリーで沖縄に渡り、沖縄・那覇から伊丹までジェット機であった。ジェット機は機体を震わせ喘ぎながら上昇したYS-11とは比べものにならない急角度で上昇し、すぐに水平飛行。機内食が配られた。確かに、快適この上ない。
 戦後、アメリカによって飛行機を作ることを禁じたれた日本が、始めて生産した飛行機がYS-11である。私の飛行機初体験の頃ですらターボプロップのプロペラ機であるYS-11は世代交代の時期にさしかかっていたロートル機であった。しかし故障の少ない名機として、今もアフリカや南米で使われているという。
 この戦後初の国産旅客機を作るために奮闘する人たちをユーモラスに描いた「あひる飛びなさい」という小説がある。作者は阿川弘之。この小説でYS-11の来歴を知っていた私は、飛行機初体験の時も、ヨタヨタと健気なYS-11に感動したものである。今でも飛行機に乗るたびにYS-11と「あひる飛びなさい」を思い出すのである。

 前置きが長くなった。青森旅行で飛行機に乗った私は、阿川弘之の「あひる飛びなさい」を思い出していた。名古屋に帰り、書店回りをしていた私は、「会社の品格」「女性の品格」など「品格」ものの新書本の新刊が多いことに気づいた。藤原正明氏の「国家の品格」がベストセラーとなり、その後追いということだろう。こうした「品格」ものの中に今回紹介する「大人の見識」も並んでいた。なぜにこの本を買ったのか。私の読書性癖をご存知の読者諸兄はお分かりになるはずである。著者が「阿川弘之」であったからである。
 すらすらと読めてしまった。「なるほど」と印象に残るというよりは、「そうそう」と流れてゆく感じ。読後感といわれると困る。何も残っていない。そんな本だった。ただ、私がこの書評欄で紹介した、藤原正明氏の「遥かなるケンブリッジ」を文化勲章受章者である阿川氏も褒めており、「さもありなん」と、少しだけ溜飲を下げた。
 阿川氏は、本書の巻末に「温」の字を大きく掲げ、じっくり見てほしいと記している。読者諸兄は「温故知新」の「温(たずねる)」の奥深さに、しばし想いを致していただきたい。それが「大人の見識」というものであろう。これが、この本の「肝」である。

石井 桂治((株)アール・アイ・エー 名古屋支社)/2007.12



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