◇ 記念講演
|
||||
<講演>
私は「ゴジカラ村」の中で、安全、快適、便利なまちではなくて、安全ではなくて、不便で、手間暇がかかって、わずらわしい村をつくろうと思っており、それを入村料5,000万円でやりたいと思っています。 |
||||
最初は子ども達と、幼稚園の先生、近所のおばあさんを一緒に山の中で遊ばせていたのですが、もめました。そこで、道を分けて民家をつくることにしたところ、子ども達は民家の方に遊びに行くようになりました。しかし、区画整理が進む中で、おばあさん達が山に来なくなってしまったので、老人ホームをつくることにしました。 |
||||
■ 「時間に追われない国」と「時間に追われる国」そんな道に、大人やタクシーの運転手は文句ばかり言いますが、子ども達は喜び、休日に背広を脱いで訪れてくる大人も、「やっぱり良いな」と言ってくれます。同じ道なのにどういうことかと考えました。わだちのある道をきたないと思ったり、道端の花が見えないのは、「感性障害」ではないかと思ったことがあります。そして、家族や、職員、世間の人などといろいろ話して、悩みながらメモしてきたものを整理してみると、「時間に追われない人」と「時間に追われる人」がいることが見えてきました。 会社にいるときは、時間=コストで、数値化されていて、解決、完成することを目指します。しかし、老人ホームではいろいろな人がいて、話している言葉が全て形容詞で、数値化されていないので、解決、完成とはほど遠く、いつももめています。 |
||||
介護、福祉の世界では、今、「地域」という言葉を非常によく聞きますが、「地域」がなくなっていると思います。ヘルパーと一緒に家庭を回ると、お嫁さんはパートに、旦那さんは仕事に出かけており、おばあさんが一人で寝たきりでいます。おばあさんには、旅行の友達はいますが、家にはほとんど遊びに来ません。すぐ隣に家はありますが、誰もおばあさんの家を覗いてくれません。趣味の仲間などの遠い関係、楽しい関係は良いのですが、嫁・姑、夫婦、親子、同僚など、近い関係はわずらわしく、その付き合いが下手になってきました。家庭、地域までも「時間に追われる国」の価値観へ動いてきているように思います。 会社などは悪いことを無くせば、良いことになるという勘違いがあるのではないかと思います。自然の中、人の関係の中は、良いことを入れると悪いことも付いてきます。 ■ キーワードは「ほどほど」今は有料老人ホームがあり、何でもサービスする時代になっていますが、自分が必要とされていると感じることが必要ではないか、そんな社会ができたらよいのではないではないかと思います。そのためにはどうしたらよいのでしょうか。会社や学校、病院などは、同じような類の人を集め、その中でルールが決まっているため、立つ瀬がないと思います。いろいろな人を住まわせ、ごちゃまぜにすると立つ瀬が生まれるのではないかと思います。 「ゴジカラ村」の老人ホームでは、80人の老人に対して40人の職員なので、一人当たり2時間くらいしか見てあげられません。そこで、居候を住まわせたり、ニワトリ、チャボ、ウサギ、ヤギなど、いろいろなものを入れて混ぜることで、それを補うことができます。また、これによって大もめしますが、立つ瀬が生まれます。幼稚園でもいろいろなものを入れています。 今の社会は、関係のない人がふらっと行けるまちがなくなってしまいました。有料老人ホームの中もそうなってしまったと最近思っています。 建物は職員が管理できないように5つに分け、何時に帰っても、誰が来てもよいように、あちこちに入口を付けています。また、地域の人に来てもらうために、きれいな木ではなく、草をぼうぼうと生やしました。柱は四隅の皮を残して、かんなはかけずにざらざらのままにすることで、自然にすき間が出来てきます。自然素材なので、もし壊れても近所の人が誰でも直すことができます。 地域をつくり、いろいろなものを入れると立つ瀬が出てきますが、必ずもめます。そこで、何があっても「ほどほど」をキーワードにしています。 ■ 「多世代交流自然村」とは?このような取り組みを総合してつくろうと思ったのが、「多世代交流自然村」です。不便で、手間暇がかかって、わずらわしくて、安全でないところをつくろうと思っています。感動と癒しがあるところには、パーフェクトでない、自然素材、住んでいる人が文句を出せる、不便、行政の枠にとらわれない、というキーワードがあると思います。「多世代交流自然村」では、入村料として5,000万円もらい、2,000〜2,500万円相当の一戸建ての村営住宅に住んでもらいます。そして、残りの2,500万円を出し合って、自分達で何に使うかを考えてもらいます。また、毎月10万円の村税をもらい、日当を決めて村民が周辺の大学の学生に下宿の斡旋や、小学校に学童保育の斡旋、また役場の経理などの仕事をして、村の中でお金を回します。外貨はまちの中のゴミを集めたり、下宿代などで稼ぐという直接税方式としています。自分達で役場をつくるなど、全部自分達でやるしくみをつくり、そこを地域の人も使えるようにしようと考えています。 最後に、会社のようなまちではなく、もっと大らかなまちを世の中につくったらよいのではないかと思います。まちの中のくらしが適当、ほどほどであれば、子どもも増えてくるように思います。穏やかなあり方があればよいと思います。 そして、いろいろなことに初めからまちの人を参加させておくとよいと思います。ゴジカラ村でも、毎晩お酒を飲みながら、みんなで何をつくろうかを話して楽しんでいます。みなさん、外国の色々な施設を見に走り回っていますが、隣の人と話している方が、良いものができるのではないかと最近思っています。 <意見交換> |
○質問者 | このようなスケールの大きいしくみを持ったまちづくりができると良いと思っていますが、心配なのはある程度スケールが大きくなったときに、謀議やトラブルへの補償ができるのだろうかということです。何戸くらいであれば、顔が見える気の合う仲間でまとまっていくことができるのか、人をまとめるときの極意を教えていただきたい |
○吉田氏 | 隣近所の付き合いは大変ですが、昔の人はそれをやってきました。しかし、ここ30〜40年でなくなってきました。「ゴジカラ村」でも、まとめることができなく、もめてばかりいます。きちんとしている人が多い時代はつらいので、「適当」「ほどほど」というキーワードを持たないといけないと思います。現在「ゴジカラ村」では、700〜800人が住んでいます。まとまりの大きさについては、ぜひ教えてほしいので、ゴジカラ村に一杯飲みに来て、一緒に話してもらえればと思います。 |
○質問者 | みんなで話をして一つにまとめようとするときに、計画的に物事を進めていくコツを教えていただきたい。 |
○吉田氏 | コツはありません。幼稚園のお母さん達が古民家でまきで火をくべて、わいわいごはんを作っている雰囲気を見てもらうと分かると思います。その風景の中におばあさんやおじいさんも集まってきますので、ぜひお昼ごはんを食べに来てほしいと思います |
○質問者 | 入村料の5,000万円が足りない場合、どのような条件で借りることができますか。 |
○吉田氏 | 長久手では、土地が50坪2,000万円、建物が2,000〜2,500万円くらいなので、5,000万円くらいないと採算が合いません。今は、有料老人ホーム形式の15年の償却などのやり方もあります。全国には共鳴してくれる人がいると思うので、全国的に募集していこうと思っています。そのお金を使って公共的な物をつくることで、周囲も潤うと思います。まだ、お金のことはどのようにするのが一番良いかわからないので、コンサルタントをしてもらえればありがたいと思います。 |
○質問者 | 大変な価値観の大転換を前提にしてできることだと思いました。今までとは反対の価値観のむらづくりやまちづくりは、長久手町への愛着なしでも、どこでも成立する普遍的なモデルだとお考えか、教えていただきたい。 |
○吉田氏 | 私は17〜18年、寝たきりのお年寄りと住んでいます。みんな家に帰りたいが帰れなく、女性はまだ元気で良いですが、男性はどうすることもできません。何でもよいから、自分が必要とされるものがないといけないということは、普遍的ではないかと思います。厚生省が推進している筋力トレーニングの次元の問題ではないと思います。寝たきりの人でも役割、居場所があり、必要とされる世の中のしくみをつくらないと、これから悲惨になるのではないかと思います。この考えは普遍的に広がっていってほしいですし、方法は別としても、そのような動きは必ず出てくるのではないかと思います。知り合いなど倒れた人のところへ、一度お見舞いに行ってもらうとわかるのではないかと思います。ぜひ「ゴジカラ村」にもおいでください。 |
(注)本記録は、当日の録音テープから事務局にて編集したものです。 |
(記録:有我 利香/(株)連空間設計) |